日本語音声:NHKクリエイティブ・ライブラリー
Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox
日本語
English
音声
Audio
紀貫之
人はいさ
心も知らず
ふるさとは
花ぞ昔の
香に匂ひける
THE village of my youth is gone, New faces meet my gaze; But still the blossoms at thy gate, Whose perfume scents the ways, Recall my childhood's days.Tsura-yuki Kino
- 35番歌
-
人はいさ
心も知らず
ふるさとは
花ぞ昔の 香に匂ひける
作者:紀貫之(868年~945年)
出典:古今和歌集 春
- 現代語訳
- 人の心は変わってしまうものですから、あなたの気持ちもわかりません。しかし、昔馴染みのこの里では、梅の花がかつてと同じ香りを漂わせていますよ。
- 解説
- 『古今集』の詞書によると、初瀬に参詣するたびに泊まっていた宿を、久しぶりに訪れた紀貫之に対し、宿の主人は「こちらの宿は昔から変わらずありますのに」と言ったところ、紀貫之は、近くに咲いていた梅の花を手折って、この歌を宿の主人に即興で詠んだようです。
- どんな人?
- 紀貫之は『古今和歌集』の「仮名序」や『土佐日記』を書いたことでよく知られています。『土佐日記』は国司の任期を終えた貫之が帰京する際に書いた紀行文です。女性の立場で平仮名で書かれており、後世の女性作家に大きな影響を与えました。
- 語句・豆知識
-
- 人 は いさ
- 人はさあどうだろう
- 心 も 知ら ず
- 気持ちはわからない
- ふるさと は
- 古くからのなじみの土地では
- 花 ぞ 昔 の 香 に 匂ひ ける
- 梅の花はかつてと同じ香りで美しく咲き匂っている
- 宿の主人の返歌
- 紀貫之の百人一首の歌に対して、宿の主人は次のように返歌しました。
原文
花だにも 同じ心に 咲くものを
植ゑけむ人の 心知らなむ 『古今和歌集』詠み人知らず現代語訳
梅の花でさえ昔と同じ心で咲きますのに、
まして植えた人の心はわかってほしいものです。 - 紀貫之の系図
- 『光る君へ』第23回に登場した歌
- 一条天皇が中宮 定子との思い出を語るシーンで詠まれました。古今和歌集に収められている歌です。
原文
夢路にも 露やおくらむ 夜もすがら
かよへる袖の ひちて乾かぬ 『古今和歌集』紀貫之現代語訳
あなたに逢う夢路でも露はおりるのでしょうか。
夜通し通う袖が濡れて乾くことがない。 - 桜の開花を詠んだ歌
- 次の歌は、咲き始めた山桜を白い雲にに見立てて詠まれたものです。
原文
桜花 咲きにけらしな あしひきの
山の峡より 見ゆる白雲 『古今和歌集』紀貫之現代語訳
桜の花が咲いたらしいよ。
白い雲が見える。 - 桜の落花を詠んだ歌
- 次の歌は、散る桜の花びらを雪に見立てて詠まれたものです。
原文
桜散る 木の下風は 寒からで
空に知られぬ 雪ぞ降りける 『古今和歌集』紀貫之現代語訳
桜散る木の下の風は寒くないけれども、
空には見たことがない雪が降っている。 - 人の移り気な心を詠んだ歌
-
この歌は、『古今和歌集』に収められている紀貫之の一首です。
その詞書には「桜の花ほど早く散ってしまうものはない」とある人が言ったので詠んだと書かれています。原文
桜花 とくちりぬとも 思ほえず
人の心ぞ 風も吹きあへぬ 『古今和歌集』紀貫之現代語訳
桜の花がそれほど早く散るとは思えない。
人の心は風が吹ききる前に変わってしまうものだから。 - 辞世の句
- 次の歌は、家集『貫之集』に収められている紀貫之の辞世の句です。
病で死を自覚した貫之が友人の源公忠に贈ったとされています。原文
手に結ぶ 水に宿れる 月影の
有るか無きかの 世にこそありけれ 『古今和歌集』紀貫之現代語訳
手に掬った水に映っている月のように、あるかないかわからないくらいにこの世は儚いものだなあ。
- 紀貫之の娘が詠んだ歌
- 『大鏡』の「鶯宿梅」という逸話に、紀貫之の娘が詠んだ歌がありますので、ご紹介します。
紫宸殿に植えられていた梅の木が枯れたとき、村上天皇は、とても残念に思い、枯れた木と同じくらい美しい梅の木を都中から探し出すよう命じました。しばらくして、ようやく都の中でそのような梅の木が見つかり、それを紫宸殿に植えることになりました。その梅の木は、かつて有名な歌人だった紀貫之の家にあったものでした。そして、その木の枝には、一首の和歌が結ばれていました。この和歌を詠んだのは、紀貫之の娘・紀内侍でした。村上天皇はこの歌に感動し、梅の木を元に返すように指示したということです。原文
勅なれば いともかしこし
鶯の
宿はと問わば
いかが答へむ 『大鏡』紀内侍現代語訳
天皇の命であれば、この木は献上いたしますが、梅の木にやってきた鶯が私の宿はどうしたのかと聞かれたら、どのように答えたらよいのでしょうか。
- 仮名序(かなじょ)
- 『古今和歌集』に添えられた仮名で書かれた方の序文のこと。
詳しくは和歌ブームのきっかけ『古今和歌集 仮名序』をご覧ください。 - 花文化の変遷
- 奈良時代までは梅が人気でしたが、平安時代からは桜の方が人気になりました。
詳しくは『花文化の変遷』をご覧ください。 - 三十六歌仙
-
紀貫之は三十六歌仙の1人。
三十六歌仙の一覧ページはこちらをご覧ください。
紀貫之誕生
紀望行の子として誕生しました。
『古今和歌集』の撰者になる
醍醐天皇の命を受け、日本初の勅撰和歌集である『古今和歌集』を紀友則・壬生忠岑・凡河内躬恒と共に撰上しました。紀貫之はその中でリーダー的存在として活躍しました。『古今和歌集』仮名序を執筆し、和歌ブームの立役者になったと考えられています。
従五位下を従せられる
従五位下に叙せられ、加賀介を任官されました。
土佐守になる
『新撰和歌』を編纂土佐国に赴任直前に醍醐天皇の命を受け、『新撰和歌』を編纂することになりました。
赴任中に完成させましたが、帰京すると醍醐天皇は崩御してしまっていたため、奏覧は叶いませんでした。『土佐日記』を執筆
土佐国から帰京。帰京する50日間にわたる旅の様子を女性が平仮名で書いたという設定で『土佐日記』を執筆しました。
紀貫之死去
極官は、従五位上・木工権頭でした。
次の和歌へ
前の和歌へ