時雨の百人一首

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日本語音声:NHKクリエイティブ・ライブラリー

Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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月

壬生忠岑みぶのただみね

有明ありあけ
つれなくえし
わかれより
あかつきばかり
きものはなし

壬生忠岑
壬生忠岑の挿絵

I HATE the cold unfriendly moon, That shines at early morn; And nothing seems so sad and grey, When I am left forlorn, As day's returning dawn. Tadamine Nibu

30番歌
有明ありあけの つれなくえし わかれより
あかつきばかり きものはなし
作者:壬生忠岑みぶのただみね(生没年不詳)
出典:古今和歌集
現代語訳
あなたとの別れを惜しんで帰る道、有明の月はそしらぬ顔をしていました。それときからというもの暁の時間になるとつらく感じてしまいます。
解説
この歌は、「古今和歌集」の「逢はずして帰る恋」に収められています。当時の逢瀬は、男性が女性宅を訪れるのですが、夜明け前に男性は女性宅を後にするのが常でした。女性がつれなかったのか、女性との別れを名残惜しんでいるのに月がつれなく見えたのかで2通りの解釈ができる歌です。
どんな人?
壬生忠岑は、警護などを担当する下級武官でしたが、歌の才能に恵まれ、宮中の歌会によく参加していました。「古今和歌集」の撰者にも抜擢されるほどの和歌の名手でした。壬生忠見の父です。
語句・豆知識
有明
有明の月が
つれなく みえ
冷淡に見えた、そっけなく見えた
別れ より
別れたときから
あかつき ばかり
あかつきほど
憂き もの なし
つらいものはない
壬生忠岑の系図
壬生忠岑の系図 壬生忠見 光孝天皇 平兼盛 源宗于 赤染衛門

の番号が付いている人物をクリックすると、その歌人のページに移動します。

壬生忠岑は『古今和歌集』の撰者を務めました。息子の壬生忠見と一緒に百人一首に選ばれました。

忠岑の息子・壬生忠見は天徳四年内裏歌合で平兼盛と競い合い、負けてしまいましたが、両者良い歌で接戦だったといわれています。

忠岑は藤原定国の随身をしていました。あるとき定国が夜中にお酒に酔った状態で左大臣・藤原時平を訪ねて、時平を驚かせてしまいましたが、随身だった忠岑が歌を詠むと場が和んだという逸話が『大和物語』という歌物語に収録されています。

定家が絶賛
百人一首の撰者・藤原定家は古今和歌集の注釈書『顕注けんちゅう密勘みっかん 』で「有明のつれなく見えし別れより…」の歌について「これほどの歌ひとつ詠み出でたらむ、この世の思ひ出に侍るべし」(私もこれほどの歌を一つ詠み出すことができたならば、この世の思い出になるだろう)と絶賛しています。
有明の月と月の満ち欠け
月の満ち欠け

「有明の月」とは、夜が明けても空にある月のことです。月齢15日前後〜29日までの月が明け方の時間帯に空に残っています。下表は、月の出と月の入りの時間の目安です。

月齢 月の出 月の入り
新月 6時 18時
上弦の月 12時 24時
望月 18時 6時
下弦の月 24時 12時
古今和歌集の撰者
古今和歌集の撰者 紀友則 凡河内躬恒 紀貫之 壬生忠岑

図の中にあるの番号が付いている人物をクリックすると、その歌人のページに移動します。

『古今和歌集』は醍醐天皇の勅命により編纂された初の勅撰和歌集です。紀貫之、紀友則、壬生忠岑、凡河内躬恒の4名が撰者となり、万葉集に掲載されなかった歌や当時の歌など1500首を集めて編纂しました。913年頃に完成しましたが、紀友則は完成前に亡くなりました。

大伴家持の歌を本歌取りして、
当意即妙に詠まれた歌
壬生忠岑は藤原定国の随身をしていました。藤原定国が夜中にお酒に酔った状態で左大臣・藤原時平を訪ねてしまいました。時平は驚き「どこかのついでに来たのか?」と問いかけましたが、随身だった壬生忠岑が当意即妙に次の歌を詠み、場を和ませたと『大和物語』に書かれています。この歌は大伴家持の歌がモチーフになっています。

原文

かささぎの わたせるはししもうえ
夜半よわにふみわけ ことさらにこそ 『大和物語』壬生忠岑

現代語訳

宮中のきざはしのように御殿に置いた霜の上を
夜半に踏み分け、ことさらあなたの所に参った次第です。

一目惚れの歌
次の歌は、奈良の春日祭に参列した壬生忠岑が、牛車の窓から垣間見た祭りの見学をしていた女性の姿を一瞬垣間見て、恋心を抱き、その女性の家を探し当てて贈った歌です。女性の牛車の後を追いかけて家を探し出したのでしょうか。現代の感覚では、ストーカー行為で許されませんが、平安時代にはこのように偶然見かけた女性に恋をし、歌を贈ることが普通に行われていました。

原文

春日野かすがの雪間ゆきまをわけて
くさのはつかに えしきみはも 『古今和歌集』壬生忠岑

現代語訳

春日野に積もった雪の間から萌え出てきた草がわずかに見えるように、わずかに見えた君であったことよ。

和泉式部が詠んだ暁の恋の歌
訪れることのない恋人を待ち、一夜を明かした和泉式部が詠んだ和歌です。

原文

ゆめにだに かしつる あかつき
こいこそこいの かぎりなりけれ 『新勅撰和歌集』和泉式部

現代語訳

夢での逢瀬が叶わず、あなたを思いながら一夜を明かしてしまった暁の恋こそ、究極の恋でしたね。

三十六歌仙
壬生忠岑は三十六歌仙の1人。
三十六歌仙の一覧ページはこちらをご覧ください。

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