時雨の百人一首

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日本語音声:NHKクリエイティブ・ライブラリー

Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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山部赤人やまべのあかひと

田子たごうら
うちいでてみれば
白妙しろたえ
富士ふじ高嶺たかね
ゆきりつつ

山部赤人
山部赤人

I STARTED off along the shore, The sea shore at Tago, And saw the white and glist’ning peak Of Fuji all aglow Through falling flakes of snow.Akahito Yamabe

4番歌
田子たごうらに うちいでてみれば 白妙しろたえ
富士ふじ高嶺たかねゆきりつつ
作者:山部赤人やまべのあかひと(生没年不詳)
出典:新古今集 冬
現代語訳
田子の浦に出てみたら、富士の高嶺に真っ白な布を被せたように雪がしきりに降っているよ。
解説
「田子の浦」は、駿河湾西沿岸(由井~蒲原付近の海岸)のことです。この辺りは山が海岸線に迫っているのですが、田子の浦に出てくると、ようやく富士山が全貌を現します。この歌は、そのときの感動を詠んだものだと思われます。当時の富士山は噴煙が上がり、今よりもさらに威厳に満ちた姿を見せていたと考えられます。
どんな人?
山辺赤人は奈良時代の万葉歌人で、聖武天皇に仕えていました。下級官吏でしたが、自然を見事に描写する才能があり、天皇の行幸に随行して各地の自然を詠んだ多くの歌を残しています。柿本人麻呂とともに「歌聖」として称えられました。
語句・豆知識
田子の浦
田子の浦に
うちいで みれ
出てみたら
白妙の
白妙の
富士 高嶺
富士山の高嶺に
降り つつ
しきりに雪が降っていることよ。
原歌
山部赤人の百人一首の歌の原歌は『万葉集(第3巻 317番歌)』の反歌です。反歌とは、長歌のあとに添える短歌のことです。長歌は五・七の二句を3回以上繰り返し、最後に七音で締めくくる構成の歌です。
原歌となった歌(長歌)

原文

天地あまつちわかれしとき
かむさびて たかたふと
駿河するがなる 富士ふじ高嶺たかね
あまはら ふりさけ れば
わたかげかく らひ
つきひかり えず
白雲しらくもも い きはばかり
ときじくそ ゆき りける
かた かむ
富士ふじ高嶺たかね

現代語訳

天と地が分かれたときから
神々しく高く貴い
駿河の富士の高嶺を
遥かな大空を仰ぎ見ると
空を渡る太陽も頂に隠れて
夜空に照る月の光も見えない。
白雲も富士に遮られ進めず
いつも雪が降っている
これからも語り継ぎ
言い継いでいきたい。
この富士の高嶺を。

原歌となった歌(反歌)

元の歌(反歌)

田子たごうらゆ うちでてみれば 真白ましろにそ
富士ふじ高嶺たかねゆきりける

現代語訳

田子の浦に出てみたら、
富士の高嶺に真っ白な雪が降っていた。

行幸先で詠んだ歌(万葉集)
山部赤人は叙景歌に優れた歌人で、天皇の行幸先で歌を詠むことがありました。
次の歌は、聖武天皇が紀伊国(現在の和歌山県)に行幸された際に山部赤人が詠んだ歌です。「わかうら」は、和歌山市の南西部に位置する景勝地の総称で、2017年に「絶景の宝庫 和歌の浦」として日本遺産に認定されました。

原文

わかうら潮満しおみれば かたをなみ
葦辺あしべをさして たづわた

現代語訳

和歌の浦に潮が満ちて来ると干潟がなくなるので、葦のあたりを目指して鶴が鳴き渡っています。

次の歌は、聖武天皇が吉野に行幸された際に山部赤人が詠んだ歌です。

原文

ぬばたまけゆけば
久木ひさぎふる
きよ川原かわら
千鳥ちどりしば

現代語訳

夜が更けてゆくと、久木が生える清らかな川原に
千鳥がしきりに鳴く。

春の野を詠んだ歌
次の歌は、春の野を詠んだ歌で、万葉集に収められています。

原文

はるに すみれみにと われ
をなつかしみ 一夜ひとよにける

現代語訳

春の野にすみれを摘もうと来た私だったが、野辺に心をひかれ、一夜を過ごしてしまったよ。

和歌宮神社
和歌宮神社
Sablier de Verrie, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons

静岡県静岡市清水区蒲原にある山部赤人が祀られている神社です。創建時期ははっきりしていませんが、山部赤人が蒲原宿の吹上の浜(富士川の少し西)で詠んだ百人一首の歌が、神社創建の由来とされています。

葛飾北斎による浮世絵
百人一首うばが絵解  葛飾北斎  貞信公
National Diet Library, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎による作品『百人一首姥かゑとき』です。百人一首の歌を乳母がわかりやすく絵で説明するという趣旨で制作されたものです。

北斎が描いたのは田子の浦に至るまでに山が海辺に迫っている薩埵峠さったとうげあたりではないかと思われます。峠を越える人々を近景に、遠方に富士山を配置した構図が魅力的です。

歌川国芳の『百人一首之内』
歌川国芳による浮世絵
Utagawa Kuniyoshi, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・歌川国芳による浮世絵です。
百人一首の和歌に合わせた情景が描かれています。

三十六歌仙
山部赤人は三十六歌仙の1人。
三十六歌仙の一覧ページはこちらをご覧ください。

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