日本語音声:NHKクリエイティブ・ライブラリー
Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox
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中納言兼輔
みかの原
わきて流るる
いづみ川
いつ見きとてか
恋しかるらむ
OH! rippling River Izumi, That flows through Mika plain, Why should the maid I saw but now And soon shall see again Torment my love-sick brain?The Imperial Adviser Kanesuke
- 27番歌
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みかの原
わきて流るる
いづみ川
いつ見きとてか 恋しかるらむ
作者:中納言兼輔(877年~933年)
出典:新古今和歌集 恋
- 現代語訳
- みかの原を分けるように湧き出て流れるいづみ川ではないけれど、あなたにいつお会いしたからといってこれほどまでに恋しいのでしょう。
- 解説
- 「会ったことのない女性に恋をする」という恋愛は、現代では考えにくいですが、平安時代の貴族の男女は、顔を合わせる機会が限られていたため、垣間見したり、噂や評判を聞いて恋に落ちることが実際にあったようです。「みかの原」は京都府南部を流れる木津川の北岸辺り。いづみ川は京都府南部を流れる木津川の古名です。
- どんな人?
- 中納言兼輔(藤原兼輔)は、紫式部の曾祖父です。紀貫之や凡河内躬恒の才能を認め、彼らの作家活動を支援しました。賀茂川堤の近くに邸宅を構えたため「堤中納言」と呼ばれました。
- 語句・豆知識
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- みかの原
- みかの原
- わき て 流るる
- わけて流れる
- いずみ川
- いづみ川
- いつ 見 き とて か
- いつ見ただろうか
- 恋しかる らむ
- 恋しいのだろうか
- 藤原兼輔の系図
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藤原兼輔は藤原北家です。兼輔には桑子という娘がいました。
その娘は醍醐天皇の更衣として入内することになるのですが、そのときに娘を思う気持ちを歌にして醍醐天皇に贈っています。
曽孫には『源氏物語』の作者である紫式部がいます。紫式部の娘は大弐三位(藤原賢子)で、親子で百人一首に採られています。
- 在原業平の歌
- 在原業平は、牛車にいる顔が少しだけ見えた女性に恋の歌を贈っています。
原文
見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは
あやなく今日や ながめくらさむ 『古今和歌集』在原業平現代語訳
お顔を見なかったとも、はっきり見えたともいえないあなたのことを恋しく思い、 今日は訳もなく物思いに沈みながら過ごすことになるのだろうか。
- 紀貫之の歌
- 紀貫之も一瞥しただけの女性に恋の歌を贈っています。
原文
山桜 霞の間より ほのかにも
見てし人こそ 恋しかりけれ 『古今和歌集』紀貫之現代語訳
山桜が霞の間からほのかに見えたように、
ほのかに見えたあの人のことが恋しく思われます。 - 百人一首の兼輔の歌
- この歌は『新古今和歌集』では藤原兼輔の歌になっていますが、 『古今和歌集』では詠み人知らず(作者不明)の歌となっています。 また、家集『兼輔集』には掲載されておらず、 百人一首の兼輔の歌は実は本人が作ったものではないのではという説があります。
- 入内する娘を案じて詠んだ歌
- 次の歌は、兼輔が醍醐天皇の更衣として入内する自分の娘・桑子を案じて、醍醐天皇に贈った歌です。
兼輔のひ孫の紫式部は『源氏物語』の中で、この歌を多く引用しています。原文
人の親の 心は闇に あらねども
子を思ふ道に まどひぬるかな 『後撰和歌集』藤原兼輔現代語訳
人の親の心は闇というものではないけれど、
子を思う道は闇のように迷ってしまうものですよ。 - 三十六歌仙
- 藤原兼輔は三十六歌仙の1人。
三十六歌仙の一覧ページはこちらをご覧ください。 - 堤中納言
- 平安時代に誕生した『堤中納言物語』という短編集がありますが、「堤中納言」と呼ばれた藤原兼輔とは関係はなく、 物語の中に「堤中納言」と呼ばれる人物は登場しません。短編集のため、複数の物語をばらけないように包んでいたことから 「つつみの物語」と呼ばれ、そのうち『堤中納言物語』と呼ばれるようになったと考えられています。
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